Site cover image

Site icon image 八ヶ岳から吹く風 PART 2

八ヶ岳のふもとにある諏訪中央病院で地域医療と若手医師教育を行なっています。医学生や一般の方にもわかりやすく正しい医学情報を発信したいと思います。名古屋の大同病院、会津の福島県立医科大学会津医療センター、郡山の太田西ノ内病院と総合南東北病院でも医学生&研修医教育の機会をいただいています。

老いについて

Image in a image block

先日、自動車免許証の更新に出かけた。手渡された新しい免許証を何気なく眺め、思わず息をのんだ。そこに写っていたのは、紛れもなく一人の高齢者だったからだ。男というもの、自分の顔をまじまじと見つめる機会は、実のところほとんどない。

高橋源一郎の『ぼくたちはどう老いるか』を読んだ。そこに登場するのは、1906年(明治39年)生まれの私小説家・耕治人(こう はると)である。八十歳に近づいた頃、妻は認知症を患った。物忘れが激しくなり、鍋を空焚きして火事になりかける。やがて妻は老人ホームに入所することになる。

ほどなくして、耕治人自身も末期がんと診断され、入院生活に入った。残された時間が限られていると悟ったとき、彼の胸に去来したのは、妻に会いたいという切実な思いだった。老人ホームの職員が妻を病院に連れてきてくれた。しかし、妻は目の前の男性が誰なのか分からない。何度目かに「ご主人ですよ」と告げられたとき、彼女は低い声で「そうかもしれない」とつぶやいた。

「さようなら。ありがとう。愛しい人よ」
そう呼びかけても、最愛の伴侶からの応答はない。耕治人はその最期の別れの情景を書き留め、病院を訪れた担当編集者に、生涯最後となる原稿を手渡した。

老いは、情け容赦なくやってくる。だからこそ、自分にとって価値あることをなし、家族や友人と穏やかに暮らすことを目標にしたい。できるだけ長く健康でいるために、往復三十分の道のりを歩き、惣菜屋まで昼の弁当を買いに出かけた。

「麻婆豆腐」「長芋とエビのフリット」「タラモサラダ」「春菊と柚子の白和え」。
慎ましいが、今の自分にはちょうどよい、確かな生活の手触りである。